大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)50号 判決

訴権は、その行使に関して幾分の技術的側面も有するものではあるが、憲法に保障された基本的人権に属するものであるから、その行使が信義則違反などの理由で許されないものとするには、いたずらに公共機関である裁判所の機能をもてあそび、ことさらに相手方に応訴のための不当な負担を負わせる意図に出でたと思われる出訴に限られるべきであり、その出訴の原因である実体上の権利が相手方にとって或はすでに失効のもの、権利のらん用に当るものまたは信義則に反するものであっても、それらの故に、実体上の権利の存在が否定され、その実現が拒まれることがあっても、その出訴自体を信義則に反しまたは権利のらん用に当るものとして、本案の審理に先立って排斥すべきではない。

2 本件についてみるのに、控訴人らがいずれも、その月日の幾分の相違は別として、被控訴人主張の頃に定員法に基づく免職処分を受けたことについては当事者間に争いがなく、同処分がいわゆる行政庁の処分に当り、行政訴訟の対象となりうることは同法の趣旨全体を通じて明かなところである。そして、これまた、月日、金額、受給過程は別として、控訴人らが被控訴人主張の退職手当金等を受領したことは当事者間に争いがなく、その後九年余を経て本件訴の提起がなされたことは当裁判所に顕著である。このような事実及び法律関係のもとでは、被控訴人が控訴人らの退職を既成の事実とし、それを基礎として人事配置をし、その組織を構成し、企業活動を進めて来たであろうことは容易にうなずけるのであるが、控訴人らが本件訴において主張する権利の行使が信義則に反するとする被控訴人の主張は本案の審理をするまでもなく不当なものともいえず、さらに控訴人らがみずから右権利を事実上放棄したとか、同権利がおのずから失効したとかとの見方も全くありえないことではないが、少くとも、当審における控訴人兵藤義人、五十嵐進次の原審及び当審における控訴人鈴木勝夫、金子明広、梶原正則、黒崎保の各本人尋問の結果によれば、控訴人らは前記免職処分を受けた当時、全国的に多数の失業者が発生し、厳しい経済不況下で、或は病気になり、或は多数の家族を抱えて臨時の収入に頼り、或は公けの生活保護を受けるなど日々の生活を支えることに精一杯のまま、長年月を過し、その苦節のなかで個々的にはその元の職場の上司等に免職処分の不当、無効を訴え、なかにはその過程で復職に僅かな期待を寄せて来た者もあったが、免職処分前に属していた労働団体等も控訴人らのこの窮状と心情とを支援できる状態でなく、控訴人らはそれぞれ孤立無援のなかでとうてい出訴の余裕がなく、ようやく本件出訴の一、二年前になって相互の連絡もとれ、支援団体の協力をもえられるようになり、出訴に及んだ事実が認められ、この事情からすれば、控訴人らの本件訴の提起をもっていたずらに訴権をもてあそぶものとはいえず、ことさらに被控訴人に応訴の負担を負わせる意図に出でたものともいえず、その出訴自体を信義則に反したものとすることはできない。

(畔上 岡垣 兼子)

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